教習所ウキウキ日記 改め 教習所煉獄日記

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 諸事情によりどうしても運転免許が必要になり、沖縄の自動車学校まで免許を取りにいった。自分の運動能力に自信がなかったため、合宿が始まるまでは「走る殺戮機械になりたくない……」「人殺しになる前に死にたい……」ということばかり考えていたけれど、実際、車を運転してみると講習そのものは極めてスムーズに進行し、人を殺すことも器物を損壊することもなかった。また、教習所の人々は優しく、青い海と白い砂浜があり、食事はおいしく、我慢できない問題点なんて一つもない素晴らしいところだった。

 そんな奇跡のような場所で、私がみるみるうちに衰弱し、食事が食べられなくなり、現実逃避に訳のわからない空想ばかりして過ごすようになっていくまでの記録。 

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 今日から教習所の合宿がスタート。受付を済ませ、事務の人に寮を案内してもらう。シャワー室に入ると、床に大きな穴が二つもあいており、割れたコンクリートがむき出しになっていて、いったいどうしてこんなことに? とおののいた。

 女子寮は三人一部屋で、私のルームメイトは二人とも大学生で、一人は京都、一人は茨城からきたという。男子はオールバックでチンピラ風の人と、大学デビューの若者がひとり。ルームメイト女子は、オールバックの人を見て「あの人絶対ヤンキーだよ……」とおびえていた。しかし、実際には、オールバック氏はヤンキーではなくファッションデザイナーで、オールバックはヤクザ的なコンテキストにのったものというよりは先鋭的トンガリファッションだったらしい。茨城女子が「最初、絶対ヤンキーだって思いました」と言うと、オールバック氏は若干傷ついた表情をみせながら「でも、この髪型は今流行ってるんだ」と答えた。

 昼に入った食堂で、カラオケを執拗にすすめられる。せっかく勧めていただいたにもかかわらず、ほぼ初対面の相手と白昼堂々カラオケで盛り上がるために必要とされている人間力が私に不足していたため、辛酸をなめることとなった。また、店内に意味不明の雑多なものが散らかりすぎており、お冷に虫の死骸が大量に浮いているというおおらかぶりだったが、メンバーに衛生観念が発達した人が一人もいなかったため、その点は問題なかった。それどころか、サービスで作ってくれたかき氷にシロップを勝手に追加しレインボーにしている野蛮人までいた。しかし、店主の人は「好きなだけかけてね」と笑ってくれたので、やはり何事にもおおらかなんだな、と思った。

 次の日、朝起きると、ベッドの上がアリだらけになっていた。入寮そうそう、ゆきずりのアリたちと一夜を共にすることになるとは……。「一本のタバコがシンナーに、シンナーが覚せい剤に…」という非行撲滅ポスターの論理にならえば、一度アリたちにベッドインを許せば、そのうち猫、ヤンバルクイナ、人間の男とずるずるいってしまうことになりかねない。たかがアリ相手という侮りを捨て、一匹残らず捕獲しベッドから追い出した。

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 オールバック氏が「懇親を深めるために遊びにいこう」と提案したため、みんなで遊びに行くことになった。タクシーを呼び乗り込むと、運転手さんが、聞いてもいないのに「自分は中学生の頃から無免許で車を運転していたので、誰よりもキャリアが長いドライバーである」という経歴を暴露しはじめた。運転手さんはなぜか「経験豊富なので安全」というトーンで話をしているが、こちらとしては100%不安でしかない……。

 そんなこちらの不安をよそに、運転手さんは、中学生のとき警察の検問を突破しその後の追跡をかわした武勇伝を語り始めた。なんでも、ナンパした女の子と一緒にドライブしていたら検問に遭遇し「せっかく女の子をナンパできたのに、無免許がバレたら恥ずかしい!」という一心で、思いっきりアクセルをふかし検問を突破してしまったらしい。その後、追いかけてきたパトカーはなんとか振り切ったものの、すぐに警察は包囲網をはり捜索を開始されてしまう。しかし、彼は車に備え付けられていた警察無線を傍受する機械で警察の動向を調べ、包囲網をかいくぐり逃げ続けたのだという。「いやぁ、ナンバーがバレてたらおとなしく出頭しようって思ってたけど、無線を聞くかぎりバレてなくてね。これは逃げるしかない、と!」と力強く言い放ち「まあそんな感じだったからさ、沖縄の道は知り尽くしてるわけさ」と断言する運転手さん。聞きたいというか問い詰めたいことは山ほどあったが、とりあえず、なぜ無線を傍受する機械が車についているのかを尋ねたところ「先輩の車を借りたところ、不思議なことに、どういうわけかついていた」とのことだった。不思議なことに、どういうわけか……私としてはより詳細を追及したかったが、場の雰囲気が凍りつきすぎていたため断念せざるを得なかった。
 

 その日は一日、メジャーな観光スポットをいろいろと回った。でも、運転手さんの話が強烈すぎて観光の内容はほとんど覚えていない。


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 数日前に新しく入寮した、奄美大島の人と大学五年生男子三人の歓迎会ということで、みんなで飲みに行くことになった。

 奄美の人は、彼は無免許ドライバーとしてすでに八年ものキャリアを持っているらしい。彼は講習で、初日からいきなりS字カーブをバックで走破するという離れ業を見せていたので、不思議に思っていたのだけれど……。なんでも、乗用車から特殊自動車までのりこなし、一度も逮捕されることなく今まで乗り切ってきたが、さすがにそろそろやばいかな、と思い、免許取得に踏み切ったのだという。この前のタクシー運転手さんといい、南方では無免許運転が一般的なのか? 

 しかも、男子の証言によると、奄美の人は晩酌の際「ちょっと取ってくるわ!」と素潜りで伊勢エビ等を調達し、それをツマミにしているらしい。コンビニ感覚で伊勢エビを捕る男……しびれるくらいカッコいい!! 奄美の人はものすごい勢いで歯が溶けてなくなっているのだけれど、こうなってくるとそれさえチャームポイントに思えてくる。ユンボでドライブに連れていってくれたり、ウニやエビをたくさんとってきてくれる男に惚れない女はいない。たとえそれが道路交通法および漁業法違反だとしても……。

 また、奄美の人は麻雀を得意としており、旅先でお金が尽きても、財布ナシで雀荘に入ることで旅費を補充することができるほどの腕前なのだという。ちょうど大学五年生たちも、大学に五年も在籍しているだけあって麻雀好きだったため話が盛り上がり、四人で雀荘へと消えていった。ちなみに、次の日勝敗を尋ねると、五年生はげっそりした顔で、麻雀は奄美の人の一人勝ち状態であったと教えてくれた。

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 講習が終わってしまうと暇なので、毎日ビーチに行ったり、花火をしたり、美しい星空に感動したり、変なコールをかけられて一気飲みしたり、永遠の友情を誓ったりといった青春活動に興じている。

 飲み屋のカラオケでは、五年生らがブルーハーツリンダリンダを全部まんこまんこに置き換えて歌うという、下劣極まりない替え歌を絶叫したため、飲み屋で普通に酒を飲んでいた他のお客さんにすごく怒られた。あまりにも真正面から正論で諭され、さすがにこれはまずいということになり、地元に媚びるためビギンの「島人ぬ宝」を歌うことに…。そんなあからさまなご機嫌取りは逆効果なのでは? と不安だったが、店中が合唱状態になり、歌が終わると拍手が響き渡った。沖縄におけるビギンの有効性には驚かされる。しかしそのせいで、以後「ビギンさえ歌えば大丈夫」という沖縄をあなどりすぎの認識が寮生の間に広まってしまい、ことあるごとにビギンで無茶を通すという最悪のライフハックがまかり通ることとなってしまった。

 また、花火大会では、大学デビューが打ち上げ花火を対人兵器として利用したり、ロケット花火を民家に向けて発砲するなど定番のバカ行動に出たため現場はプチ惨事に……。騒ぎを聞きつけた海の男たちが集まってきてしまったため、あわてて攻撃性が高い花火をすべて水没させ使用不能にした。すると、ノリが悪いと罵られたため「私は生きて本土に帰りたかったので、やむを得ない。実際、海の男たちは東映実録モノに出ていそうな渋すぎる面構えをしていたし……」と反論すると「じゃあGスポット見せてくださいよ〜!」と要請され、わけがわからなかった。だいたい、Gスポットは外から見える場所にはないのでは? ちなみに大学デビューには「俺、3Pしたいんです!×男さんと3Pしましょうよ!」と言われたこともあり、発言そのものに驚いたというより、男2人女1人の3Pを希望していることに驚いた。3Pをダシにして、実は×男を狙っているのだろうか? 

 
 そんな感じで、毎日極度の緊張状態を強いられている。

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 合宿免許の日記だというのに、自動車の運転について書くことがほとんどない。当初の予想に反して、私はいわゆる運転下手なタイプではなかったからだ。私は極端に不器用なタイプだし、母親が一年に三回も交通事故を起こし玉突き事故の発生源になったり、他人を血まみれにしたりしている凶悪ドライバーなので、母似の私も運転はきっと苦手だろうと思っていたのだけれど……。インターネットで「安全ちゃん」と名乗ってきたおかげで、危険予測マインドが培われたのだろうか? あるいは、警察絡みの場所では、目をつけられないよう無条件に警戒するくせがなぜかついているため、教官の指示に反抗しようとか安全確認をサボろうという気にまったくならず、くそ真面目に運転をしていることが功を奏したのかもしれない。

 いまや特に課題もないため、コースの中をぐるぐる回り、同じことを反復するだけの毎日。講習が始まると、まず教官が不条理きわまりないギャグを言う。それに対して私が大げさに爆笑すると、教官は急に真顔に戻り「ふぅ…これで今日のギャグは完了。これで一日生き延びられます」とつぶやくので、私も無表情に「右折します。後方よし」と言いながらミラーおよび目視で安全確認、進路変更を行ったのち、前方の優先車両に注意しながら交差点の内側を徐行で通行する。この一連の流れが、毎日儀式のように繰り返されている。

 

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講習がすべて終了し、仮免試験の日まですることがないので離島に行くことに。海も空もものすごくきれいで、夜になると天の川がくっきりと見えた。流れ星がいくつも降っていた。私はずっと、マジコンの話をしていた。

 

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 仮免試験の日。本番に弱いほうなので不安だったが、問題なく仮免は合格した。トラブルといえば、シートベルトがねじれていたため装着に時間がかかったくらいか……。他の人も基本的には合格していたが、奄美の人は思いっきり落ちていた。なんでも、長年にわたる無免許運転のキャリアが災いして、教習所で求められる厳格な安全確認および道路交通法の遵守に対応できなかったらしい。「僕はまた第一段階ですわ…」と力なく語る奄美の人のあいまいな笑顔にキュンとした。

 オールバック氏も技能試験で落ちていた。練習では上手く行っており、かなりの余裕を見せていただけに、いたたまれない……。彼は努めて明るくふるまっているが、それが逆に傷の深さを感じさせた。オールバック氏は見た目こそチンピラだが、地球温暖化でシロクマが苦しんでいることに涙し、『耳をすませば』が大好きで語りだすと何時間も止まらず、神風特攻隊は理想のため自ら喜んで命を捨てたと信じている純粋な人だ。そんな彼の自尊心は、脱輪後1.5m以上走行を検定中止とする公安委員会の規定によって傷つけられ、ズタズタに引き裂かれてしまった。また、オールバック氏はあらゆるジョークに澄んだ瞳でマジレスを返す、破壊的に冗談の通じない男でもあったため、笑い話にすることもできない。みんな口々に慰めの言葉をかけていたが、すべては空しかった。

 その上、彼は数日後行われた再試験でも、交差点で死角から接近していた優先車両に気付かず進行し検定中止となってしまう。そのときは、みんな見てはいけないものを見てしまったような顔をして絶句していた。今思うと、たかが仮免の試験でどうしてそんな深刻になっていたのかわからないが、南国の熱風に弛緩しきった怠惰な自動車学校のなか、私たちだけがどういうわけか、神経過敏になり、過剰にハッスルし、いつも人生の一大事のような顔をして、試験はもちろん講習の進行具合から見きわめ、効果測定といった小さなイベント一つ一つにいちいち一喜一憂してすごしていた。

 

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 青春活動が辛い。私は幼少の頃から体育祭でお揃いのTシャツを作ったり、プリクラに「3年2組最強」と書くような全体主義が極めて苦痛であるにもかかわらず迎合せずにはいられないという性格上の問題を抱えており、集団の中で仲間として扱われると、かえってどんどん衰弱してしまう。合宿所の人々はみんな、アルパカの毛より繊細な優しさとガンジーより寛容な心を持つ人格者ばかりで、だれも私に青春活動を強要なんてしていないのに……。

 精神状態は暗礁に乗り上げつつあるものの、自動車講習のほうは第二段階も順調に進行している。運転中は、教官の不条理ギャグにバカうけする以外気をつかうべきことがほとんどないので、とても心が落ち着く。沖縄の道路は、草木が暴力的に生い茂っており、狭い街道で左側に幅寄せすると高確率で木の枝に接触する。そのため「木が茂りすぎてるので幅寄せ不可」「樹木注意につき徐行」という、沖縄以外で使うことはほぼないであろう注意を余儀なくされる。私は後方確認・進路変更・右左折を機械的に繰り返しながら、目のくらむような太陽と、無秩序に生い茂り車道を侵食する植物、そして理不尽なスピードで変化する気候の中で、自分がどんどん無気力になり、あきらめ、すべてを受け入れるようになるであろうという予感を感じた。

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 寮生に新しくイケイケ女子二人組のキャバ子とスナックが加わった。

 二人は、入寮初日からかっ飛ばしていて、寮に荷物をおくやいなや、繁華街まで逆ナンに繰り出し朝帰りした挙句爆睡し、いきなり講習を取り逃していた。キャバ子は「逆ナンで知り合った男に合コンをセットしてもらい、そこで出会ったイケメンにさらに男を紹介してもらうということを繰り返すことで、地元のイケメンを制覇可能」という独自のイケメン発展段階論を唱えているのだが、旅行者や米軍基地のアメリカ人ばかりがひっかかり、なかなかいい地元民がつかまらないと嘆いていた。

 ある日、飲み会後二人が帰ってこないので様子を見に行ったところ、キャバ子が地元のジイさんを口説いていた。おでこがくっつきそうな至近距離でジイさんをみつめながら「お兄さんは、絶対、純粋な人。だって、目がすっごくきれいやもん……」と指をからませるキャバ子。あまりにも無茶なゴリ押しぶりにジイさんはハッキリいって引き潮状態だったが、キャバ子はまったく動じる様子もなく「ウチのお母さんな、いっつも、きれいな目の人と恋しなさいって言っててん。目がきれいな人に、悪い人はぜったいおらんからって」「お兄さん、優しいやろ? ウチは、全部わかんねん……」と畳み掛けていた。

 以前、私はこのジイさんに、指を出せと言われたので出したところ、指をおもいっきり口に含んで舐め回されたことがある。そのときジイさんは「これは沖縄のおまじないで、魔除けの意味がある」と言い張っていたのだが、どうかんがえても嘘だし、舐め回しすぎだった。私としては、そのことが忌まわしい思い出となっていたので、キャバ子のストライクゾーンの広さには驚かされるばかりだ。地元民でさえあれば、他人の指を不意打ち的に舐め回す男でもいいのだろうか? 

 個人的にはなんとかしてキャバ子とジイさんの間に愛が生まれるのを阻止したかったが、私は私で、オバチャンにカチャーシー合戦を仕掛けられ、踊らざるを得ない状況になってしまったため、額を寄せ合い背中に互いの腕をまわしつつある二人を横目で眺めることしかできなかった。

 そんな感じで、キャバ子は無軌道なワンナイトラブの結果寝坊するということを繰り返し、最終的にはセックスのしすぎで仮免に落ちるという失態を演じていた。そして、そんなキャバ子の活躍の陰で、スナックはいつも吐いていた。泡盛が体質にあわないらしい……。

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 昼にみんなでかき氷屋さんへ行った。

 店に感想ノートがおかれていたので、軽い気持ちでめくってみたら「○×はサセコ←くさい 死ね←おまえが死ね」みたいな闘争が全面的に展開されていた。地元の中高生たちがお互いを傷つけあうデスノート状態……。しかも、90年代初頭のものからすべて保存されており、XのTOSHIにLOVEである女子による魂の友達募集から、実名・電話番号つきの卑猥な恋人募集*1まですべて残っている。こんな小さな町で思春期の暗い思い出が延々と残り続けるなんて、想像するだけで恐ろしい。その他、父親にレイプされていることをほのめかす文章や、妊娠したら彼氏にバックレられた挙句フラれたけど今でも貴方を想ってます、というような暗すぎる話題が多数掲載されており、町のゴシップ情報はこれ一冊でほぼ網羅できそうな勢い。

 感想ノートに見入っていたせいで、かき氷はいつのまにか単なる甘い色水になってしまった。なんとなく薄暗いムードが漂う中、ルームメイトの茨城女子が唐突に「世界で一番お金持ちの人は、ひよこ鑑定士なんだって!」と主張しはじめため、場の空気はいよいよ困惑に包まれた。
 

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 精神的な閉塞感は日を追うごとに強まっており、いまや決して再び開くことのないエレベーターに閉じこめられたような絶望的な気持ちになっている。水色の海と青空が溶けあう南国の港町で無邪気にはしゃいでばかりいるのにこんな気持ちになるなんて、我ながら信じられない。ここは本当は沖縄なんかじゃなく、巨大なボトルシップに閉じこめられた鑑賞用の港で、海も星も自動車学校も、好事家が慢性的な眼精疲労を乗り越え造り上げた、精巧なミニチュアなのではないか? 前割で購入したスカイマークの羽田発那覇行の飛行機が、実際にはボトルシップ行きであったのかもしれない。大阪行きの新幹線より安い金額で沖縄行きのチケットが買えるという時点で、何かがおかしいとは思っていたが……。


 荒唐無稽な妄想に思えるかもしれないが、この閉塞感はそうとでも考えなければ説明がつかない。

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 教官に誘われて、模合という謎の会合に寮生の女子と参加した。模合というのは、メンバー全員が一定の掛け金を出し合い、集められたお金をメンバーの一人がまとめて受け取るという、沖縄特有のマイクロファイナンス文化であるらしい。会合は毎月開かれ、お金は基本的には一人ひとり順番に受け取るルールなのだけれど、必要に応じて順番を早めてもらうことで、まとまったお金を手にすることができるのだという。模合は沖縄ではかなりメジャーな制度らしく、今ではマイクロファイナンスに頼る必要がない人々も、会合を名目に飲み会で集まるために、模合を組織していることも多いそうだ。教官の模合も、そういった飲み会がメインのもので、ゴルフで勝った人が掛け金を受け取るというルールでやっているようだった。

 教官らは幼なじみであるらしく、幼少期の思い出を語り合っていた。中でも衝撃的だったのは、子どもの頃こづかい稼ぎに不発弾を集めていたという話。不発弾を集めると政府が買ってくれたり、中に含まれる金属を売ったりで儲かるので、当時はみんなやっていたらしい。しかし、大量の不発弾をみかけて喜んでいたら弾が爆発して死んだ人もいた、という話題が出たあたりから、話はどんどんきな臭い方向へ……。最終的には、ひとりが「手持ちの小さい爆弾なんかあったらね、わざと友達に投げて、爆発させて遊ぶサァ。でも間違えるとホントにぶつかってね。アハハ、あれは今思うとおかしいね」と恐ろしいことを言い出したため、私は心の中で「それは笑いごとじゃないサァ!」と全力でツッコんだ。
 

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 タクシーの運転手に、近くのビーチに魚がいるか聞いたところ「熱帯魚ならいるけど、食用はいないねぇ…。あ、でもウニがいるよ。……おまえら全員ウニ踏んで死ね!」と罵られた。


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 沖縄の教習所、最初は「海辺だし戸塚ヨットスクールみたいなところだったらどうしよう」と思っていたけけれど、実際に入校してみると、自由が保証され暴力や罵倒の脅威もない、人が人として生きるための諸権利が守られた人道的なスクールだった。しかしそこに戸塚宏がいなくても、私の心に構築された内なるヨットスクールがたえず恫喝を繰り返したため結局びくびくしながら過ごす事に…。

 合宿中の自我を殺しつづける生活の中で気付いたのは、戸塚校長がそこにいなくても、私の中に宏がいて、人が宏を求める限り、世界はあまねく戸塚ヨットスクールであるということだった。一見自分の判断で主体的に行動しているようにみえても、実際には心で内で肥大化したインナー戸塚宏に言われるままであり、世の中のあらゆる場所に戸塚イズムは遍在している。そのことを認めた瞬間、一種の諦観によって深刻さが失われ、あらゆることがどうでもよくなると同時に、気力が急激にみなぎりはじめた。明日にはもう、卒業検定がはじまる。

 

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 そ、そ、そ、卒検受かったーーーー!!!!!!!!!やったーーーー!!!!!!!!!!!! 検定の途中、小さなミスがきっかけで心のバランスが崩壊し危険運転を連発。その上、縦列駐車でも失敗し、切り返しの方法がわからずパニックになったけど受かっていた! ヤッホイ!! フッフー!

 かくして危険ドライバーが野に放たれるのである!

16:おまけ 久高島呪われガールズ日記

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 合格祝いに、ルームメイトの京都女子と一緒に久高島まで一泊二日の旅行に行った。久高島は琉球神話の神様がいろいろと祀られている聖地のような場所で、スピリチュアルスポットとしても人気のところらしい。とはいえ、二人ともどちらかというとスピリチュアルというよりは唯物論者なたちで、久高島にいくことになったのも、島の名物であるウミヘビを食べたいという食欲優先の動機。

 沖縄に来てからというもの、毎回のように頭のネジが外れぎみのタクシー運転手さんと遭遇しているが、今回の運転手さんは、今までの人がマトモにみえるほどのまばゆい狂いっぷりだった。雰囲気はふつうなのだが、とんでもないスピード狂であり、細い路地でもガンガンに加速する。「ボールを追って、死角から子どもが飛び出してくるかもしれない」「駐車車両の影から歩行者が横断を始めるかもしれない」など不安がとまらない!

 その上、最悪なことに、彼は行き先を伝えたとき、道が分かっていないのに分かったフリをし、全力で逆方向に向かって走り出してしまったのだ。何がおかしいと思ったものの、地元の運転手が道を間違えるはずがないと思い言い出せず、指摘したころには目的地からだいぶ離れてしまっていた。指摘した時点で、時刻はフェリーの発船時刻にほぼ間に合わない時間になっており、私たちはほとんどあきらめていたのだが、運転手さんはあろうことか制限速度40キロの道路を時速100キロで爆走しはじめた。赤信号は無視し、他の車がいればもれなく追い越し、追い越せない状況では車の後ろにピッタリくっついて煽りまくる運転手さん。片側一車線の道なので、追い越すときは当然逆走。対向車とぶつかるギリギリのラインどりで車の間をすりぬけるように爆走するドライビングテクニックは確かに凄かったが、恐ろしくて仕方なかった。確認できた最高速度は105キロ……。冗談抜きで、人生でもっとも天国に近づいた瞬間だった。

 このような、運転手さんの二種免許剥奪をものともしない自己犠牲の精神により、私たちは無事フェリーの発船時刻に間に合うことができた。京都女子は車中ではロウ人形のように青ざめ硬直していたが、タクシーを降りた瞬間せきを切ったように笑いだした。京都女子はフェリーの中でもずっと笑い続けていた。

 久高島は素晴らしい場所だった。散歩しているだけで本当に気分が良くて、強迫と妄執の教習所ライフが一気に、全て爽やかで切ない青春の思い出に書き換えられそうになるほどだった。こうやって自分に都合良く過去の記憶を改ざんすることで、快適な人生が約束される……。

 
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 宿の人たちからバーベキューの誘いを受け、混ぜてもらうことになった。メンバーは誘ってくれた旅行者グループと島の人といった構成で、島の人が素潜りでとってきたというサザエ等の魚介類が大量に並べられた、ものすごく豪華なバーベキューだった。

 しかも、隣に久高島のノロが! ノロ琉球信仰の神女なのだが、ノロになるには久高島生まれで島の男と結婚していなければならないうえ、就任チャンスも一生に一度しかないというハードルの高さが災いして、現在ノロは数えるほどしかいないのだという。

 私の隣にいたノロは、神女のパブリックイメージに反して桃井かおりのような口調で話す人だった。「あなた、月を見て。女を感じる?」と唐突に質問され、そういったことは特にない、と答えると「ダメね。女としての感度が弱ってるのよ。あなたの体はね、お月さまと繋がってる」「女は月のエネルギーを感じて生きるもの。昔の女はみんな自然に知ってたことよ」などひたすら女としての霊的ステージの低さを諭されたため、女を意識しすぎて話を聞いているだけで生理痛が重くなりそうだった。「男は太陽、女は月」「男がいるから女は輝くのよ。それが女の生きかた。わかる?」とけだるく語るノロの話を聞きながら、自分が生きていける場所はもはや太陽系の外にしかないのではないかと不安を覚えた。一刻も早い宇宙世紀の到来を望む。
 
 ちなみに、私たちをバーベキューに誘ってくれた旅行者たちは、実はスピリチュアルな団体であったらしく、さまざまなところで秘密の儀式を行っていた。どうやら、他人に見られてはいけないらしく、私たちと遭遇するといつもあわてて儀式を中断しどこかに行ってしまうのだが、久高島はとても狭い島なので観光で回っているだけで何度も彼女たちに遭遇してしまう。何度も儀式を妨害してしまい、とてもきまずかった。
 
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 久高島で一泊後、那覇に戻りふたりでお土産屋さんを回り、ヤギ料理を食べて別れた。旅行があまりにも楽しかったため、合宿中は減退しまくっていた食欲も一気に回復。激しい振れ幅を示す私の食欲に、京都女子は唖然としていた。大変だったけど、たのしかったねえという話をし、別れをおしんだ。

*1:おそらく何者かによる嫌がらせ